「バルカンじゃ誰が何民族なんてよくわからんよ」(4/100)

実際の読了日は12/23だったりする。でも同じ日に書きたいことが重なると、長文癖のある私としてはなかなか……。はてな年間100冊読書クラブの共有カレンダーには正しい日付で登録してるけど。

悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)

悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)

98年、ローザンヌで行われた日本vs.ユーゴ(現セルビア・モンテネグロ)のテストマッチ。著者の木村氏は、キャプテンであるストイコヴィッチをはじめとするユーゴの選手たちが、誰も国歌を歌っていないことに気づく。これをきっかけに、木村氏は旧ユーゴ地域でサッカーにかかわる人々が何を考えているのか、そして何故セルビア人が世界中から「悪者」扱いされるようになったのかを探り始める。そんな時、NATOによるユーゴ空爆が開始された……。


サッカーを通じて、旧ユーゴの混乱に満ちた現状(98年〜01年)を描いた、濃密なルポルタージュオシム本の流れで手に取ったのだけど、知らなかった事実の数々に打ちのめされ、のめり込み。何だかすごい本に出会ってしまった感じ。


木村氏は危険も顧みず旧ユーゴを飛び回り、さまざまな民族・世代・立場の人々と接する。ピクシーやペトロヴィッチセルビア人とクロアチア人の両親を持つユーゴ代表選手。ユーゴリーグからボイコットし、コソボ・サッカー協会(UEFA非認可)を独自に設立した男性。元グランパスで、スロベニアのクラブでプレーしていた森山。クロアチアの人気クラブ、ディナモ・ザグレブのコアサポ「バッド・ブルー・ボーイズ」のメンバー。コソボでピザ屋を経営しながら練習を続ける元ユーゴ代表選手etcetc. その行動力と、ユーゴ代表を応援しながらも、あくまでも公正な視点で物事を伝えようとする姿勢にただただ感服。
その一方で木村氏は、NATO空爆以降、情報操作によってますますユーゴが一方的に「悪者」扱いされることに憤り、空爆反対デモを起こしたりもする。冷静かつ情熱的な人だ。取材者でありながらもユーゴの苦しみを我が事のように感じる姿に、知らず知らずのうちに引き込まれて、ページを繰る手が止まらなくなる。
祖国の空爆に対して、ピクシーやペトロヴィッチら、当時Jリーグにいたユーゴの選手が取った行動には胸が熱くなった(でも、当時全く知らなかった……)。モンテネグロ人であるペトロヴィッチのコメントはたびたび登場するけれど、いつでも他者や弱者を思いやる優しさに満ちあふれていて、彼が未だにレッズサポに愛され続けているのは何故なのか、その一端が判った気がした。


オシム本で、旧ユーゴ諸国では単純に「独立バンザイ」な人ばかりではないんだということを知ったけれど、本書を読んで、若い世代ほど民族主義的な考えの持ち主が多いんじゃないか、と感じた。
そのことは、レッドスター・べオグラート(現地語でズベズダ)の名物おじいさんサポが発した、「バルカンじゃ誰が何民族なんてよくわからんよ」という言葉と、「(ユーゴスラビア人などという)ウソ臭いコスモポリタンではなく(中略)俺はアルバニア人でいたい」というコソボの高校生の言葉との対比にも象徴されているような気がする。


あー、私の拙い文章力では何だか上手くまとまらないけれど、今年読んだ本の中では、確実にベスト3に入ると思う。旧ユーゴ地域の複雑な状況や「〜ッチ」だらけの選手名も、地図、出身選手&スタッフ、主要登場人物の解説などが載っているので理解しやすかった。
もっと多くの書店に置いて欲しい本だし、木村氏にはこれからも旧ユーゴ地域のサッカー事情を取材し続けて欲しいと願う。買うなら・読むなら、大幅に加筆されている文庫版で。