『天照らす、持統』(43/100)

先月、大海人皇子が主人公の『天の川の太陽』を読んだので、次はその妃の鸕野讃良皇女(=持統天皇)でしょ、と思って手に取った本。鸕野讃良が主人公の作品というと、里中満智子の『天上の虹』が有名だけど、小説は個人的に初めてかも。

天照らす、持統

天照らす、持統

671年。兄・天智天皇の死期が近づき、皇位継承問題で自分が殺されることを危惧した大海人皇子は、出家するという名目で大津宮から吉野に逃れる。大海人の正妃・鸕野讃良皇女は、息子・草壁皇子や舎人たちとともに夫に従った。
鸕野は天智天皇の娘だったが、新羅人の乳母らに養育されたため、親百済政策をとる天皇家では孤立していた。やがて大海人の妃となり、草壁皇子を生んだ鸕野は、我が子を皇位に就かせることを密かに誓う。
壬申の乱に勝利した大海人は、即位して天武天皇となり、鸕野は皇后となって政治に参画する。だが鸕野は、文武に秀で、草壁皇子より人望のある大津皇子(天武と鸕野の亡き姉・大田皇女の息子)の存在が疎ましくてならない。天武が大津に目をかけていると知った鸕野は、藤原不比等を味方につけ、虚弱で凡庸な草壁を何とか皇太子にしようと画策するが……。




大海人の都落ち〜天武の死〜草壁の死〜自らの即位〜死(703年)までの讃良の激動の32年間が、それほど多くない文章量で描かれているので、かなり駆け足気味な印象を受けた。
草壁の立太子や自分の皇位を邪魔するものは、容赦なく消していく讃良の非情さがかなり強調されていた。大津皇子だけでなく、十市皇女高市皇子弓削皇子、紀皇女も讃良の間者の手で殺されたことになっており、正直、読んでいてあんまり気分がいいものではなかった。讃良、怖すぎ。
個人的にもうひとつ「うーん……」と思ったのは、宮廷歌人額田王の描かれ方。十市を大友の妃にしたいがために天智に取り入った「みだらな歌詠み」だとか、孫の葛野王皇位に就けようとする「どす黒い野望に満ち満ちている」だとか、ものすごい言われよう(苦笑)。額田は謎が多いので、ひょっとしたらそういう人物だったかもしれないし、作者の大胆な仮説を楽しむのが古代史小説を読む醍醐味ではあるのだけど……額田好きとしては抵抗があるなぁ。
大胆な仮説といえば、この小説では「斉明天皇百済王室出身」「大海人皇子=実は舒明天皇と斉明の間の子ではなく、斉明と前夫・高向王の間の子・漢皇子である。それゆえ大海人は出自を隠したがっていた」という説を採用していて、これにもちょっと驚いた。そういう説の本は以前に読んだことがあるのだけど、本書でも採用されてるってことは、結構支持されている説なんだろうか。
もうひとつ。晩年、讃良が自分の死ぬ日を陰陽道によってあらかじめ設定し、それに備えて身辺整理をする場面が出てきて、本当だったらすごいな、と思った。
讃良の冷徹さには辟易させられるけど、一方で、幼い頃から孤立し、夫や息子に先立たれた彼女の孤独感にハッとさせられる。『天上の虹』とはまた違った視点で讃良を追うことができる一冊。
同じ作者による、斉明天皇にスポットを当てた小説(『巫女王斉明』)もあるようなので、機会があったら読んでみたい。