『家守綺譚』(72/100)

梨木香歩の本を読むのは初めて。私ってほんと、現代の日本の作家を知らずにいたんだなぁ……しょちゅう本屋に足を運んでるのに、何を見てたんだか。読了日は7/27。

家守綺譚

家守綺譚

売れない物書きの綿貫は、大学時代にボートで行方不明になった親友・高遠の実家の守をすることになる。庭に植物が生い茂り、疎水を引き込んだ池のある家で暮らし始めた綿貫の日常が、四季のうつろいとともに淡々と描かれる。
ただし、その日常というのが不思議に満ちていて、サルスベリの木に惚れられ、河童の抜け殻を拾い、ふきのとうを摘みに来た小鬼と出会ったりする。死んだはずの高遠は、床の間の掛け軸(水辺の画)からしばしば出てきて綿貫と会話する。水から上がると1枚の皿状になる河童とか、その「皿」を飼い犬のゴロー(←いい味出してる)が故郷の滝壺に送りに行くとか、想像しただけで楽しい。
面白いのが、登場人物たちが「何ですかこれは」「ああ、河童の抜け殻ですよ」みたいな感じで、それらの不思議な出来事をごく当たり前のこととして受け入れていること。隣のおかみさんがおかずを届けに来ることと、尼に化けた狸に出会うこととが、どちらも同じ日常のひとコマとして書かれているのだ。舞台は明治末期〜大正初期頃らしいけど、あの頃はまだ、河童や小鬼が人間とごく自然に共存し、植物と心を通わせ合えるような時代だったのかな……と思う。


冒頭の「サルスベリ」を読んでググッと惹かれ、この本と向き合う時間がとても楽しみになった。駒場での試合前、灼熱のスタンドを避けて裏で読んだりしてたけど、周囲がざわついている中、自分とその周りの空間だけ、この本の不思議な世界にふっと入り込んでしまったかのような錯覚すら覚えたりした。頬に当たるのはスタジアムを抜けてきた風ではなく、疎水を渡ってきた風なんじゃないか……と思ってしまったり。それくらい吸引力がある一冊だった。でもできれば、川べりとか涼しい森の木陰とか、そういう場所で読みたい。
図書館で借りたのだけど、手元に置いておきたくなって、読み終わった途端本屋に走った。9月に文庫が出るらしいけど、これはハードカバーで持っていたい。古い着物地を使ったかのような装丁がすごく素敵なので。